2020年7月18日に、三浦春馬さんが急逝されて一月が経ちました。

まさに上げ潮に乗って大活躍中の出来事で、大手メディアの報道や、事務所の発表にはなぜ?という気持ちが消えなかった。どんな事情があったのかと、週刊誌などに特集されていて、プライバシーなんて無視もいいところになっています。

確かに不可解だから、皆、少しでもその霧を晴したい気持ちは解る。でもまるで親族との関係に悩んで‥という感じの記事などには、冷酷さしか感じない。確かに悩んでいた時期はあるだろうが、多くの人が多少は、親との考えのズレに悩む事もある。そんな事が主原因で、30歳になった大人が自分の道を塞いでしまうとは思えない。また過去に何があろうとも、何と言っても彼を産んで育てた人の悲しみは一番深いだろうに、他人がとやかく言うべきではないと思う。

そんな観点ではなく、別の側面があったのかもしれないという事を、三浦春馬さんを追悼する意味で、自分の想いとして書いてみることにしました。

経歴を超簡略に書くと1990年4月5日生まれ、
4歳の時に地元の児童劇団「つくばアクターズスタジオ」(2006年閉校)に通い始めて、
演劇・歌・ダンスのレッスンを始めた。
7歳の時に、オーディションでNHK「あぐり」で子役として出演。
(セリフはなく、列車内でおにぎりを食べているシーンの出演で、
後年のインタビューで、本人は覚えていないとのことでした。)

上京前には、音楽グループでボーカルを担当していた。
(その児童劇団の関連と思われます)
中学3年の時に、芸能界の仕事と勉強の両立に配慮のある、堀越高校進学を選んだ。
高校進学と同時に上京して最初は寮に入り、後にマンションで一人暮らし。
(上京後も仲の良かった家族(母と義父)との関係が次第に悪くなり、連絡を絶って今年になって籍を抜いていた。)
後の出演作品など、活躍ぶりは書くとキリがないので、この記事の最後にWikipediaにリンクします。

生い立ちを書くと、週刊誌の記事と似てしまうのですが、家族関係・ここ数年の間に所属事務所の幹部・マネジャー・付き人が変わったなどの週刊誌的な視点の他に、いくつかの自分が納得できたポイントがありました。*マネジャーとは、以前も最近も関係は良いようだが、特に前任者とは仲良かったようです。
ファンの方々は、そんな事ではなく、数々の舞台などを、振り返ったりすべきと思われるでしょうが、私はそれを見ていたら残念さが膨らみすぎて辛くなるから、気長に少しずつ観るのを楽しみにしておきます。

春馬さんが幼少時に参加していた、児童劇団の紹介動画 (7分程度)
(「アクターズスタジオつくば」代表の談話中心で春馬くんの声はないが、画像は2回登場)
三浦春馬_子役時代 2020-08-26

 三浦春馬×寺脇康文 役者を辞めたい !?

「僕のいた時間」(ALS患者が主人公のドラマ)を、「いいとも」で熱をこめて語る。
 *このドラマは彼自身の企画だったという。


■ DVD発売時のインタビューで、「僕がいた時間」の演技について詳細に語る


「太陽の子」の出演者インタビューで、俳優の仕事について・戦争について語られたこと。
「今、自分たちに何ができるかというと、作品を通して想像力を膨らませ、そして道徳心を育てるっていう事だと思うんです。なので僕たち俳優だったりスタッフが出来る事っていうのは、想像力を増幅させてっていう事から、大きな惨事を生まないってい事っていうのは、どの時代もきっと、そのために(作品が)作られているって事もあると思うんですよね。なので、まずは戦争をしないという事をしっかり心に留めて、みんなが生きるべきだという事を作品を通して、『きっと』この作品は伝えられるのではないかなっていう風に、撮影を通して感じました」

 

エイズやラオスの子供達のためのチャリティー活動にも熱心だった(海外動画)
歌が終わってから、すごく真剣にこの活動にかける熱意を語っておられます。
 

★バラエティー番組「ぷっすま」三浦春馬 主演「オトナ」番宣 で、驚きの一発芸をと、急にリクエストされて、「動物園のゴリラ」の物真似をしますと、思い切ってモノマネした。

この番組で、ゴリラのモノマネ を、イケメンと褒められて・・・。彼が言った言葉は、
「死にて〜褒められると褒められるだけ傷つくみたいな」だった。
この時は冗談として出た言葉だろうが、ひょっとすると、本意ではない事に合わせていることか、自分の本意ではない仕事全体、あるいは心を込めた演技にも、単にイケメンともてはやされるだけ、または期待に応えれば応えるほど、レベルが上がるため、これはある意味では本音の一端だったかもしれないとも思う。(イケメンとだけ言うのではなく演技自体を観て欲しいという)

英国留学時代のルームメイトが振り返る、三浦春馬さんの慟哭(文春オンライン)

留学は半年の予定だったらしいが、事務所から急な仕事の連絡が入り、2ヶ月で切り上げざるを得なくなった。そのためにルームメイトの手を取って慟哭した。よほど残念だったのだろう。
帰れと事務所から言われた時に、喧嘩してでも、予定通り半年海外で留学生活を送る事ができていたら‥‥。
*この留学先でもだが、国内でも外出時は目立たないように変装しておられたと言う。

留学するという事は、
海外進出も目指しての事だから、その頃は自分を成長させたいという希望が大きかったろうが、なぜか頑張っても事務所の配慮は無くて、ファンが増え、賞賛が大きくなるほどに、タイトロープの高さが上がって、非常にバランスを取り難くなったのかもしれません。
だから彼は、心の底で、普通の成功ではなく、いつか『俳優 三浦春馬』という作品を完成しようという気持を持つようになったのかもしれない。

そして今年は、コロナによるスケジュールの変化でバランスが崩れやすかったと思う。
事務所はタレントに、大変な才能・訓練と集中力を要する仕事を要求しているのだから、
セーフティーネットになるべきだったのに不十分、あるいは逆の状況を作ってしまったのではないだろうか?

三浦春馬さ
んは、幼少時から10〜20代を全力で駆け抜けた。
皆が驚く歌やダンスの実力も、真面目に幼少時からレッスンを積んでいた結果だった
(素質もあっただろうが)もし大学を出てから演劇を学び、25歳頃から活躍していたら50歳。
本当にお疲れ様。ありがとう。
時代が違うが、ジェームズ・ディーンを思い出した。

誰からも好かれる笑顔と178cmのすらりとしたスタイルが、幅広い役柄と人気を引き寄せすぎたのだろう。ずっと仕事に追いかけられていたんだろうな…。

もう少しだけ、歌かダンスが苦手で、俳優の仕事しか来ないとか、個性が強すぎてファンの幅が狭いとか、自分に甘ければ‥‥。

ある人のコメントに深く同意します。
『三浦春馬くん、君が一番、三浦春馬の真の価値を解っていなかったのではないだろうか

それにしても、こんな真摯な生き方があると教えてくれて、
本当にありがとう。

★歌がうまいだけではなく作詞作曲もしてしまう。
三浦春馬さん:You & I 〜Haruma Miura〜

★歌唱だけの曲も、一曲ずつ見事に歌い分け、歌手としても超一流であることに驚きます。
三浦春馬さん:ONE(歌詞付き)これは必聴!歌っているのではなく見事に歌の世界を演じている。

・・だが事務所の輸入業にも協力しなくてはならなかった。

◎ 
三浦春馬参戦!ガチ愛用のオリーブオイルでリュウジがバズレシピを考案 
所属事務所「アミューズ 」はオリーブオイルの輸入も行っていて、彼は動画でそれをPRしているが、こんなことより、他のことをしたかったのではと、何か疑問を感じる。
また、様々なCMにも呆れるほど多数出演をされいている。

昭和40年男 コラム 三浦春馬さんは「過労死」では?の巻 
*興味本位の記事が多い中で、とても温かい目線の、的確な記事です。(以下引用)
"「あのイケメンの原型がわからなくなってしまうほどのくしゃくしゃの笑顔に、この人を嫌いな人はきっといないだろうなと思ったものです。」(中略)

「特別ファンではないけれど」という多くの老若男女が、春馬さんの死によって喪失感を感じ、無念さをにじませています。もちろん私もその一人です。春馬さん自身の人生はもちろん、40代の春馬さん、50代の春馬さん、そしてその先の春馬さんの活躍を見たかったという人の希望を絶ってしまったことを考えれば、ここは単なるゴシップネタの憶測で彼の死の理由を興味本位に煽るだけで終わってほしくはないです。どんな職種であれ、過労によって心が疲弊してしまう、ひいては生きていく気力をも奪ってしまうということを社会問題としての視点で追究して、業界の悪しき体質を改善してほしいと考えます。

かつては根性論を振りかざしていたスポーツ界でさえ、すでに一歩先に進み始めています(一部古い体質のままの競技も存在するようですが)。特にプロスポーツ界では、選手のメンタルを含め、体調管理や練習メニューなどを、きめ細かく研究し、選手一人ひとりに合わせたトレーニングなどが実施されています。与えてくれる側がいて、観る側がいて、エンターテイメントは成り立っています。夢を与える側が、一つ間違えると大きな悲劇を招くということを知って、タレントをすり減らすようなマネージメントが許されることのない社会になることを願いたいです。
(引用終わり)
([昭和40年男]編集部 松崎 薫)

★文中の「
あのイケメンの原型がわからなくなってしまうほどのくしゃくしゃの笑顔」
ってこれかな?
(出典を忘れてしまってごめんなさい。借り物です)
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追悼【芸能人の英語力】ひたむきな努力の人・三浦春馬の英語力

■笑顔に注目した動画:笑顔が最高ですね
 

■全映画の写真合計28本(「太陽の子」映画編が2021に公開予定)
 

結局、本当に優秀で、純粋に音楽や演技の道を極めたいと、努力しないではいられない性格だった。
多方面の才能とルックスにも恵まれていたことで、何にでも起用されて、雑多な仕事にまで真面目に取り組んで忙殺された。映画でもCDでも、何かの作品が完成すると、そのプロモーションやインタビューなどにも自分が出演し続けないといけない訳で、疲れは相当だったのではと思う。
さらに今年は社会全体に、予測のつかない出来事が多すぎた。
何があっても、人と人が愛情を持って支え合う、ゆとりのある社会でないことが、真のアーティストを潰してしまったのかもしれない。
唯一の救いは、もっと若い時にこのような不幸があったのではなく、ここまで頑張ってくれたことで、後に続くアーティストに、素晴らしい目標になるだろうということと、若さの輝き、特に無垢な笑顔が印象強く残る事かもしれない。

■Wikipediaには、舞台も含めた信じられないほどの活躍ぶりがあり、
スケジュールの過密さが想像できます。


【追記】
このブログは普通に見聞できる情報を元にしした個人的な感想であり、決して何らかの予断の拡散を目的としていません。
急逝の原因について様々な説があるのは、重々承知していますが、それらについて公的な機関や、直接の関係者からの見解も公表されておりませんので、言及しませんでした。
ご本人はドラマ制作期間中に自死を選ぶような方とは思えないが、マスコミがほぼ一斉と言えるほど自死とみられると報じて、それを示唆するようなノートの1部流し、親交のあった俳優さんも、それを前提としてメッセージを発表しておられることから、疑問を抱きながらも、現時点で感じた事を書いています。